調査レポート

新しい循環のしくみが違和感なく社会で広がるための要点とは?

2022.11.28

私たちは、前回のトランディションデザインリサーチにおいて、社会が「厄介な問題」を抱えつつも、過去から現在においての人々の価値観が移り変わる様子を学び、その変化に適応できる「新しい生活様式」への移行支援が必要だと感じました。では、「新しい生活様式」とは、どのような事なのでしょうか?

私たちは、新たな気づきを得るために、モビリティの枠にとらわれない、多角的な視点でのリサーチをするため、小さな経済圏で機能・循環しているサスティナブルな「コンポスト」に着目しました。

コンポストとは、家庭からでる生ごみを微生物の力を使って分解させた堆肥やその容器のことを指しますが、ライフスタイルとして日本の家庭や地域に取り入れられつつあり、また、ビジネス面においても、環境問題という軸でのアプローチで広がりをみせつつあります。

このコンポストへの理解を深めることで見えてくる課題とは何かを探っていきたいと思います。


オートエスノグラフィによる観察

今回はサステナブルな循環の仕組みを、コンポストを通して意味・理解へと結びつけるために、デザイン・リサーチ手法としてオートエスノグラフィを採用しました。

主観的なところを主にしているリサーチ手法で、エスノグラフィは、ユーザーが認識し解釈した現実にフォーカスします。言い換えると、ユーザーの視点に立って、ユーザーはどんなことを認識し感じるのかの調査を行っていきます。

多くの場合、エスノグラフィは他者を観察しますが、オートエスノグラフィは、自分自身がユーザーとなることによって、内省を通して自分の認識や感じ方を調べ、文化的・社会的文脈の理解を深めることを目指します。毎日の生活の中にコンポストを取り入れることにより、個人(自己)を継続的に長期間観察し、記述を行うことで、循環のしくみへの結びつきを明らかにしていきました。

※オートエスノグラフィの参考文献:Chris Hackley, Rungpaka Amy Hackley(2015)"Authoethnography and Subjective Experience in Marketing and Consumer Research"


個人の循環〜コンポストの記録〜

コンポストに対する期待や習慣化のヒントはどこにあるかのか?
私たちはコンポストの理解を深めるべく、コンポストに関する行動である買い物・調理・廃棄物の投入・メンテナンス等について記録を行いました。約1ヶ月、各自が毎日の行動や心境、コンポストの変化を記録した内容の一部をご紹介します。

■記載項目
- コンポストの状態
- 活動に対する満足度
- コンポストに関する行動と心境
- コンポストに関する会話

コンポストが自分自身の生活に違和感なく取り入れられる要点とは?

これらの記録から習慣化のヒントを探るために、HMIの5側面(身体、頭脳、時間的、環境、運用)※の観点をもとに要点を整理していきます。従来は、人と機器のインターフェースをデザインする際に行う行動観察の評価軸として利用されますが、本プロジェクトではそれを応用的に活用しています。

今回は、5側面に加えて、家族や地域社会との接続や情緒性を抽出するために、社会的・情緒的側面を追加した7項目で整理を行いました。日常生活にコンポストが取り入れられた背景には、どんな価値や誘引があるのか、各個人の記録から生活に取り入れられるポイントを以下の表にまとめました。

■7つの側面から見る「生活への適合ポイント」

7つの側面 生活への適合ポイント
身体的側面
コンポストに関する身体面での適合性
  • ほどよく身体を動かすことができる
  • 家族みんなで参加できる身体的負担の軽さ
頭脳的側面
コンポストに関する情報面のやり取りに関する適合性
  • 知識不要でできる手軽さ
  • コンポストの状態が適切に評価できる
時間的側面
作業時間、休息時間、機械の反応時間などの
時間面での適合性
  • 毎日やらなくても良い。自分のペースでできる
  • じわじわゆっくりでも変化が分かる
環境的側面
温度、湿度、騒音、臭気などの環境面での適合性
  • 日光や土の香りなど、自然環境と触れ合う心地よさ
  • 場所を選ばずに実施できる
運用的側面
コンポストを上手く運用するための側面
  • ゴミが減る実感がある。参加の報酬がある
  • 使命感がなくても結果的に環境に良い行動ができる
社会的側面
他者との関わり合いにおいて、適合すべきポイント
  • 一緒に取り組む仲間の存在、家族と協力してできる
  • 自分の住む土地の帰属意識を感じる
情緒的側面
情緒的な反応に基づく、適合すべきポイント
  • 自分のライフスタイルや嗜好が変化する
  • 環境への貢献を実感できる

これらの記録から改めて習慣化のヒントを検討しました。
コンポストは良いとは頭で分かっていても、環境への好影響を実感しづらいという声が実施メンバーの中であがりました。これらはコンポストがゆっくりとした変化を要し、個人で担う範囲が部分的で影響が分かりづらいことが要因ではないでしょうか。

コンポストを通して身体を適度に動かすこと、協力する仲間の存在による動機づけ、ゴミが減るという実感など。生活の直接的な変化や貢献の実感が得られるフィードバックが複数あることが習慣化に繋がるのではと考えました。ここでは最小単位である個人の循環に焦点を当てていますが、視点を広げた地域や社会という観点ではどのように考えられるでしょうか。

※HMIの5側面
HMI(=ヒューマン・マシン・インターフェイス)
あるタスクについて、それを遂行する人にとっての適合性(そのタスクがやりやすく、効率的に遂行できるか)を検討するための観察の観点。


地域の循環〜鴨志田農園でのフィールドワーク〜

コンポストの記録を終えて、地域実践者から循環のしくみへの結びつきを探求するため、今回コンポストを取り入れ地域循環の仕組みを作っている鴨志田農園さん(東京都三鷹市)へフィールドワークを行いました。

(1)循環の仕組み”CSAとは”

鴨志田農園ではサーキュラーエコノミ型CSAを実践されております。CSA( Community Supported Agriculture )は、直訳すると地域支援型農業モデルのことを指し、地域が支える新たな農業の形となります。鴨志田農園は、三鷹市近隣の住民の方と年間で野菜の購入契約を結んでおり、定期的にコンポストの回収を行っています。

まずは堆肥を作るために必要な資源を、20km圏内でのポテンシャルマップとしてまとめています。製材所ではおがくず、飲食店では廃油、野菜の契約の消費者の方からはコンポストと、畑の堆肥に必要な資源を地域内で集めつながりを作ります。事業者側としても廃棄費用がかかるごみ(資源)を引き取ってくれるというメリットがありWin-Winの関係性が築けていました。
CSAの基盤として大事なのは、資源のペアリングを地域で行いコンポストの基材を作り上げる点です。鴨志田さんが地域のハブとなって人間関係をつくり、循環を促していくモデルの実証を今まさに行われています。畑の半分の堆肥はこの循環のサイクルで賄われており、年間では生ごみが5トン分の量が削減されているそうです。

(2)地域の方に違和感なくコンポストが取り入れられるヒント

①起点となるきっかけ
三鷹市は“百年の森”のまちづくりの活動があるなど、環境に対して意識の高い住民の方が多いとのことでした。ただ鴨志田さんとしては、環境に対して意識が高くない人たちにも声が届くようにしたいとの想いから、「野菜は美味しい」という誰でもがわかりやすく感じられることをメッセージで伝えることを大切にしており、完熟した堆肥で美味しい野菜を作ることに徹してます。また、環境への意識がありつつまだアクションを起こせていない層の方に対しても、毎日接する「食」という生活の基本的なテーマであることが、一歩踏み出すきっかけとなり、結果的に多くの人に働きかけられるポイントなのではと感じます。

②継続のポイント
鴨志田さんは手書きのレシピやFacebookグループでのコミュニティ、収穫イベントなど、消費者とのコミュニケーションを定期的に取っていらっしゃいました。
年間契約の際、収穫イベントを事前に告知するためや消費者の方に様々な野菜を食べてもらうためにも、細かな作物計画を立てる事が必要であり、手間をかけた努力をしておられます。
鴨志田さんがやられていることは、オートメーション化はできない領域であり、消費者の方が喜んでくれるための気配りや配慮が感じられ、人の手で作り上げられているからこそ、その思いが伝わり契約したい、継続したいとなるのではないでしょうか。
またお話の中で興味深かったのは、コンポスト自体大きなダンボール位の大きさがあるため、設置スペースが確保できること、コンポストを運用できること、農園までコンポストを運んでこれること等、きちんと仕組みを理解した上で参加するという部分です。基本的にはサービスは開かれた状態で一般的にはデザインしますが、入り口が対等の関係性で築き上げられているのが素晴らしく、消費者という意識ではなく1参加者としての意識がモチベーションの持続を左右しているポイントになるかと考えられます。

(3)地域で広がる要素

鴨志田農園の広がりのポイントとしては下記3つの取り組みがありました。

◉農業者に対して技術育成を行い、他の地域へのCSA導入を促進する

◉鴨志田農園で前例を作り行政を動かしていく、突き上げをしていく

◉レシピ等のSNS発信、オープンな情報公開により、興味関心のある人へ伝達する

画一的なものではなく、いろいろな方面からのアプローチを行うことで、時間経過と共に複合的に様々な人がつながっていく様相が伺えます。「傍観者が1万人よりも、両思いの気持ちで取り組みに参加してくれる1,000人のほうが大事だ」と鴨志田さんがおっしゃられていましたが、強い思いを持つ仲間が増えることで、各個人の発信等も含めて大きな力になります。またその思いが吸引力となり共感を呼びさらに同士が集まってくるという好循環のサイクルが発生しています。初めの源として鴨志田さんのような強い個の存在があり、そこを起点に広がっていくことが要素として大事な点だと考えられました。


社会の循環への考察

(1)循環のシステム的考察

ここまで「個人の循環」、「地域の循環」の仕組みについて紹介してきました。社会の循環の考察の糸口として、それぞれの循環をシステム的にとらえてみます。
まず、循環における登場人物を大きく「管理者」と「参加者」に分けてみます。管理者は、循環のしくみを管理し参加者を募る人、参加者は循環の環の中で特定の役割を担う人です。食の循環では参加者の役割は「生産」「利用」「分解」に分かれます。
個人の循環では、管理者=自分、参加者=自分(利用=食事、分解=コンポスト、生産=家庭菜園)。これを鴨志田さんは、「収束型」と定義されています。
地域の循環では、管理者=鴨志田農園、参加者=三鷹市民(利用=三鷹市民、分解=鴨志田農園、生産=鴨志田農園)となります。鴨志田さんは、これを「発散型」と定義されています。

また、循環システム全体で取り扱える物量には上限が存在します。
個人の循環では、コンポスト容器の容量、家庭菜園での肥料の使用量に上限があるため、生ごみを排出できる量にも制限が発生します。
地域の循環では、畑の敷地面積によって野菜の収穫量に上限があると参加できる世帯数に制限が発生します。

(2)社会の食循環

(1)で考えたシステム的側面を社会の食循環に照らし合わせてみると、管理者は社会全体で、参加者も社会全体です。役割は、ごみ収集、焼却処分、農家、小売りなど多く存在します。

社会での食の循環は非常に大きく、利用者は生産者や分解者を意識せず食を利用できています。食品はお金を支払って購入し、生ごみは税金を行政に支払って廃棄しています。

一つの役割でも参加者の数は多いため、とある参加者に問題が発生しても利用者には直接的な影響はありません。安定性がある反面、問題に気づきにくい面があります。

新しい循環の仕組みを取り入れるために

ここまでの調査、考察を踏まえチームで話し合いを行い新しい循環の仕組みを取り入れるためのポイントとして以下を挙げました。

  • 価値提供の捉え直し
    • 消費者を参加者として捉える
      参加者は単なる消費者以上のコミットが必要となります。企業との関係性の面でも、金を払う・サービスを享受するという関係でなく、主体性を発揮しあう対等な関係であることが、循環の持続可能性を高めます。そしてこのコミット・主体性をいかに違和感なく達成させるかがポイントとなるでしょう。
    • 企業も管理者であり参加者であると捉える
      参加者による単なる消費者以上のコミットを求めるためには、サービス設計の際に「何を提供するか」だけではなく「企業が一主体としてユーザーとどう関わるか」という論点を加える必要があります。また、企業による活動としてそれを持続するために、中長期的な利益につながる要素は必要となってきます。
  • 価値提供の対象について
    • 参加できない人もいる前提のサービス設計
      資源を活用する分散型のシステムは、家の環境など、ユーザーの生活に依存します。それゆえこのようなシステムは実装の地域を選ぶ(例えば鴨志田農園の場合、年間野菜代を前払いできる余裕があり、大きなベランダがあり子供がいる家庭が多い三鷹市という立地がそのシステムの成立を支えている)。この性質上、ある地域・あるユーザーにはサービスを提供できないこともありますが、サービスの理念に合意して無理がなく参加できるという点で持続的に可能になったり、サービスを提供できないユーザーに対しても代替プランとして取り組みを紹介することによりコンポスト経済圏の予備軍になりうる可能性も出てきます。
  • 価値の内容について
    • 参加者に合わせたリターンの設計で互酬性を実現する
      多様な役割を循環に巻き込むためには、それぞれが目的を共有することに加え、それぞれにとって明確な実益があることも必要です。生活者や企業など、巻き込む相手に合わせたリターンを設計する必要があります。
    • 環境に貢献している証拠のフィードバック
      参加者のモチベーションとスキルを継続的に向上させる仕掛けは大切です。循環システムの場合、環境に良いことが起こっている証拠が目に見えると、それがモチベーションとスキルの向上要因となりえます。(例えば家庭用コンポストにカビが出ると、ユーザーは嬉しくなってもっとカビを出すために知識をつけて、設備を増やし、工夫をすることがある、結果的に循環がよりうまく成立し、モチベーションをさらに支える)

今回オートエスノグラフィで循環の仕組みを自分事に置き換え探っていくことで、循環の仕組みの中の1参加者としての視点を持ちサービスデザインに必要な要素をまとめていくことが出来ました。

サステナブルという持続可能性に必要な要素を理解できたことで、よりよい未来を作っていける自信を元に新しい仕組み作りにチャレンジしていくことができるでしょう。次の実践の場への大きな足がかりとなりえました。

プロフィール

先行企画部デザインリサーチチーム

2020年から活動を開始。クルマや移動における体験価値をデザインし、ユーザーに選ばれるプロダクトを生み出すことを目的として、デザインリサーチ、人間中心設計、エスノグラフィー、データ分析の専門的な知見を持つメンバーが集まる組織です。

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