調査レポート

~ サステナブルな移動とは ~
過去の叡智を活かすトランジションデザインリサーチで、「移動」の未来を考える

2022.09.02

世界が持続可能で誰一人取り残さないことを目標として掲げたSDGs。
私たちトヨタコネクティッドでは、タイムリミットである2030年の持続可能な社会の実現に向けて、常にできることを考え、サービスの開発に取り組んでいます。

「移動」にまつわるサービスを展開する私たちが、社会課題に真正面から取り組むには、「移動」という手段が人々の生活にどのように使われ、どのような影響を及ぼしてきたのか知る必要があります。

「持続可能な移動社会」つまり「サステナブルな移動」を実現するために、未来だけではなく現在と過去について深く知ること、また、多角的な視点で「移動」へアプローチすることで、より深い(ユーザーの内側に隠れている本音)を理解でき、解決すべき課題の発見も期待できると考えました。

3つのデザインリサーチからサステナブルな移動を深掘る

今回、私たちは持続可能な移動社会を考えるにあたり、デザインリサーチを得意とするインフォバーン社の方々と協力し、そこで3つのリサーチ手法を検討しました。

まず、過去に遡って「移動」について調べるにあたり、比較的、新しいリサーチ手法であるTransition Design Research(トランジションデザインリサーチ)。そして、課題の当事者として、自ら体験したことを省察し記述することを起点として、課題の背景にある文化・政治・社会的な意味を探索するAuto-ethnography(オートエスノグラフィ)。最後に、実際に課題を抱える地域に入り込み、様々なステークホルダーとの対話と協働から実践的に深層課題の探索と対処を行うSocietal Design Research(ソシエタルデザインリサーチ)。(※1)

これらを駆使して調査を進めることにしました。その中から、第一弾としてトランジションデザインリサーチ(※1)を選び、サステナブルな移動において「得たもの」「失ったもの」に加えて「変わらない価値」を考察していきました。

私たちがトランジションデザインリサーチを採択した理由は大きく三つです。


(1)VUCA時代だからこそ変わらない価値観を探求する企業の役割

技術的進化やニーズの移り変わりのスピードが、時代を追う毎に早くなり、私たちのような企業はその波に乗りながら追いつき追い越せで、サービスやプロダクトの開発を行っている現状があります。多くのお客様にサービス提供を行う企業だからこそ、変化には対応しながらも、お客様へ変わらない価値を提供していく使命があると考えます。

(2)厄介な問題がたくさん存在している世界、そのための解決の糸口を探す

厄介な問題とは、単一のソリューションではその問題は解決ができない、また完全に解決することも不可能な問題を指します。例えば高齢化に対するモビリティサービスを考える際、高齢者ドライバーの問題や、利用が少ないため廃止が進む地方部の交通など、複数の課題が絡み合って招かれた「厄介な問題」は、常に多角的に問題を考える必要があります。そのような複雑な解を解くため、過去から現在まで変わらない価値感や、逆に時代によって変化した価値観を参考にしながら、解となる糸口を探します。

(3)持続可能な未来への移行、自然と共存する世界への見通しを立てる

地球環境の維持とビジネスの両立をソリューションの前提として考えなくてはならない時代が到来しました。例えばサーキュラー・エコノミーの発想では、資源を循環させることを前提としてプロダクトの設計・開発を行い、なおかつその過程でもCO2の削減を実現することを目指す必要があります。循環型社会である江戸時代にフォーカスして今回リサーチを行いましたが、過去の時代からヒントを得て事業の創造を行っていくこともできるようになります。

トランジションデザインリサーチの流れ

トランジションデザインは問題提起のためのデザイン、持続可能な未来へ橋渡しするためのデザインと言われています。現在表面化している厄介な問題を定め、その起源や今日までの経緯を探索します。その過程で、厄介な問題に対処する際の具体的な方法や用いる道具、そしてその背後にある生活者の価値観やライフスタイルの変化を探っていきます。

これまで移動に関する価値観はどう変化してきたのか?変わらなかった価値観、変化した価値観はなにか。価値観の変化のスピードはどうだったか。そして、過去から現代までの歴史的な変化の経緯をもとに「どんな世界がありうるのか」「どんな世界が持続可能なのか」起こりうる未来を発想していきます。

【 PRESENT 】移動の発達から取りこぼされた厄介な問題

「サステナブルな移動」を阻害する状況を生み出す厄介な問題とは一体何なのでしょうか?

全国を繋ぐ交通インフラや計画的に運行される交通機関により、私たちは時間通りに目的地へ到達することができます。また、車があれば天候を気にすることなく快適に移動ができ、いつでもどこでも自由に移動することができます。その一方で「生活に必要な移動すら制限される」という不均衡が現れる点に私達は着目しました。

地方都市では、車は生活の必需品であり車中心社会が形成されています。そのような生活に合わせ、車移動を前提とした町が作られました。その一方で、過疎化により公共交通の利用者が減り、収益の維持ができず、交通インフラの弱体化が進みました。加えて、高齢化が進み、免許返納等による移動手段を持たない高齢者が増えています。その結果、仕事・買物・通院など、生活に必要な場所へ行きたいときに行くことができない「交通弱者」の問題が生まれています。

地域経済の観点では、地域の人口減少に伴い輸送需要の減少、小売業の撤退、地域商店街の衰退により、モノの移動(物流)が減少するという影響が現れています。その結果、近所で買物ができる場所がなくなり、遠方の店舗へ移動するとしても移動手段がなく、食料品の購入や飲食に不便や苦労を感じる買物弱者を生み出しています。この問題は過疎地域に限らず、都市部においても、高齢者等を中心に食料品へのアクセスに課題を持つ人が増えてきています。

このように車・公共交通機関を前提に社会や個人の生活が成立していますが、「移動システムに依存」した社会構造に矛盾が表出している状況です。これらの「厄介な問題」はどこから生まれてきたのでしょうか?

【 PAST 】江戸時代にタイムスリップ

ここからは過去へ遡り、焦点を当てた「厄介な問題」に関連する歴史事象から、当時の人々の暮らしや価値観の変化を探索します。歴史的背景を理解した上で、先住民の叡智や知恵を活かし、未来の変化を予期的に考えます。

価値観を探索するにあたり、ミクロ視点では当時使われた道具や生活者の知恵を、マクロ視点ではある歴史事象の成立から衰退の要因を調べていきます。いわゆる「鳥の目、虫の目、魚の目」と言われるような生活者・歴史事象・それらの変遷を行き来しながら探索を行います。

移動システムの歴史を探るにあたり、人流・物流の2つのシステムを対象に、時期は江戸、地域を江戸(東京)と設定をしました。江戸期は日本が農耕文明としての生産量拡大を終え、他の方法によって価値を生み出そうと模索した時代として交通インフラの発展に関する発見が期待できることから「江戸〜現代」の歴史にフォーカスをしました。また江戸時代に整備された江戸と全国を繋ぐ五街道という道路があり、交通網の起点となる江戸(東京)から、周辺地域へ調査を広げ、可能性を探っていきました。

ここからは車・道路・鉄道等による人の移動である人流における「早駕籠(はやかご)」「三宝荒神(さんぽうこうじん)」「行脚(あんぎゃ)」の変遷をご紹介いたします。

早駕籠

江戸時代の乗り物といえば駕籠をイメージする人も多いのではないでしょうか。駕籠は人を乗せて人力で運ぶ乗り物を指します。

江戸当初、乗物は身分の高い人に制限されていましたが、徐々に庶民に開かれていきました。徒歩が基本の移動手段である当時において、お金を払い他人に運んでもらう駕籠での移動は、より早くより快適な移動だったのではないでしょうか。

駕籠には身分や用途によって種類があり、より早く移動をする場合は早駕籠を使っていました。担ぎ手を交代しながら昼夜を問わず移動しつづけるため、通常の駕籠よりも高価ですが眠りながらでも移動でき、飛脚とは異なり人が直接向かうことでより詳細に情報を伝達できる価値があったと考えられます。

一方で、江戸に発展した駕籠は明治に人力車が発明されると、衰退を辿りました。より早く、より快適に目的地に向かいたい。その要望に応えるように、明治以降は鉄道、バス、タクシーと次々に新しい乗物が登場をしていきました。

三宝荒神

三宝荒神は、馬に人を乗せて馬子が引いて運ぶ乗り物です。今で言う観光タクシーの様に、馬子が観光ガイド役でその地の伝説や景勝地、名物の話をしながら移動します。

戦国時代が終わり鎖国の江戸時代が始まって世の中は平和になりました。そのため、旅をするという新しい概念がもたらされた時代です。道路も整備され、安全に快適に移動ができるからこそ、移動の範囲が拡大されていった時代でもあります。

馬子が引くので人の歩く速さと変わらないスピードで移動します。時間は気にせず、のんびりと話を聞きながら、楽しい移動の体験がもたらされていました。とにかく1分でも早く移動したい現代においては相反する考え方ですが、今後自動運転の発達による運転からの開放により、移動をしながらでも何かの体験ができるようになれば、移動自体の価値感が変わっていくと予想されます。

行脚

江戸時代、僧侶が、布教のために全国津々浦々を徒歩で移動することを一般的に「行脚」と呼びました。

長旅となる行脚では、脚絆(きゃはん)と言われる脛(すね)を保護するための布でできた被服を足に巻き、草鞋を履いていました。草鞋は、摩擦に弱い履き物でしたが、どこでも入手可能で、且つ、自分で簡単に修理ができる便利な履き物として使われていました。
当時、まだ整備されていない土の地面を歩く事で草と草の隙間に土が入り込み、靴底を丈夫にすることで、摩擦による消耗から守っていました。それでも草鞋は2〜3日で履き潰され、その後、肥料として再利用されていました。この時代、「徒歩による移動」の仕組みには、持続可能な循環がありました。

江戸期、土の上を徒歩で移動するための道具として使われた草鞋は、現代では固いアスファルトに対応する為に、様々な素材を使い耐久性を上げるだけではなく、色や形、用途などが考慮さられた「履き物」として、数多くの種類が存在しています。

それは、移動という単純な欲求を満たすためだけのものではなく、時代と共にファッションとしてもとらえられ、「履き物」に対する価値観の変化がみられます。

この変化の中で失った持続可能な循環を、いま、どのように取り戻すのかを問われています。

【 FUTURE 】望ましい未来へのディスカッション

江戸時代に遡って移動の実態やユーザーインサイトを探ってきた後、サステナブルな移動に向けてあるべき未来として私達は以下3つの視点に絞ってディスカッションを実施しました。

(問1)持続可能な社会のために、移動に関する価値観をどう変えていけるか?

インターネットの普及で移動をせずにモノやサービスが手元に届く時代になり、テレワークが促進されていく世の中で、若者に限らず非移動化の傾向があるデータが見受けられます。今まで仕事に行く、食料品を買いに行くなど生活のための移動を行っていましたが、今後その必要性は徐々に減っていくと考えられます。そのように移動する目的が変わることで、移動に求める価値観が変わっていくと考えられます。より速く走る乗り物を技術的に限界まで突き詰めていく一方、今後ユーザーに移動を促すために、移動に対しての楽しい体験を行ってもらう、例えば三宝荒陣のように、リアルのコミュニケーションを楽しむ移動のあり方、需要も出てくるのではないでしょうか。

(問2)社会課題に対して、移動システムはどう向き合えるか?

都市部への人口の集中、高齢化社会の背景により、都市と地方でライフスタイルの差が広がりつつあります。地方では過疎化により電車、バスともに廃路線がうまれ、交通の利便性の低下からさらに過疎化に拍車をかける悪循環にあると考えられます。しかし、移動システムの改善により利便性を維持できればこれを食い止める手がかりになるのではないでしょうか。

早駕籠では1人を運ぶのに2人かそれ以上の人数が必要でした。今ではバス、タクシーなどは1人で複数人を運ぶことができます。この先、自動運転技術が進めば無人で複数人を運べるようになり、働き手が少ない場所でも交通の利便性を維持できるかもしれません。

また近代以前は近隣の村同士の交易が盛んで、近しい集落同士の交流が盛んでした。近代に入り、交通路が中央に集約されると、地方で作られた農作物を都会に運んで販売する行商人が急増しました。現代においても、近隣同士のローカルな経済圏の発達やサービス自体がやってくる移動システムが確立されると、最低限の移動で生活できるコンパクトな生活圏が実現できるかもしれません。

(問3)未来の持続可能なライフスタイルにおいて移動システムはどうあるべきか?

カーボンニュートラルに表されるように、環境に配慮した持続可能なライフスタイルが前提として求められてきます。世の中にフィットしたより良いプロダクトやサービスが排出され続けていきますが、プロダクトライフサイクルが短い時代に、多くの人が変化に適用できない、新しいインターフェイスや機能に慣れる時間が足りなくなるのではないでしょうか。江戸時代の循環社会、モノを修理して使う時代を通して、変化しない価値も大切な着眼点になっていきます。しかし変化していくものも実際は多く存在するため、その変化に対応していくためのUX体験を提供し、新しい生活様式に移行させていくことが、私達の今後の使命であるとこのトランジションデザインリサーチを通して感じた思いです。

トランジションデザインリサーチを終えて

今回の取り組みは、過去から現在への変化の過程を俯瞰して学ぶことで、今現在に囚われがちな思考を客観的に見つめ直すことのできる、とても良い機会を与えてくれました

私たちが求める望ましい未来とは何か?その問いの質を高め、その答えを出すための足掛かりになったことは、間違いありません。

点で見ることも大事ですが、線で見ることでより思考が豊かになる感覚を持てたことは、次のリサーチに向けて良い弾みになりました。

*また、今回、IDLの方々にファシリテートをお願いし、トヨタコネクティッドのメンバー4人で挑戦したトランジションデザインリサーチは、想像以上にタフなリサーチであったこと、そして、次回、実施する時のために、留意点を備忘録として記載しておきます。


1.リサーチ前に前提条件・テーマをしっかりと決めておく。

多くの時間をかけて江戸期まで遡る調査のため、しっかりとテーマを決めて、且つ、そのテーマを正しく分解してリサーチに入ることで、引き返すことなく進めることができます。


2.ある程度の時間を確保して、一気にやり抜く。

思考の切り替えがとても難しく、このリサーチ以外のことから、再度、トランジションデザインリサーチに取り掛かるには、意識しておきたいいくつものポイントを記憶に留めておく必要があります。中断してしまうことで、記憶が曖昧になり、元の思考に戻すまでに時間がかかります。できればまとまった時間を確保し、一気にやり通すことが重要です。


3.油断すると、脱線する。

遡るのは江戸期までと決めて開始したリサーチですが、時代背景を調べていくうちに、気がついたら平安時代まで遡っていたり、違うテーマについて調査していることが多々ありました。定期的にテーマについての会話をし、現在地を確認し合うことが必要です。


4.変化しているもの、変化していないものを見極める。

最後に、変化しているものと、変化していないものを見定めて、変化しているものに理由があるのと同時に、変化していないことにも理由があり、世の中、どんどん便利になっていく中、なぜ、そこは変化していないのかに思考を巡らせると、より質の高いリサーチ結果が得られると思います。

プロフィール

先行企画部デザインリサーチチーム

2020年から活動を開始。クルマや移動における体験価値をデザインし、ユーザーに選ばれるプロダクトを生み出すことを目的として、デザインリサーチ、人間中心設計、エスノグラフィー、データ分析の専門的な知見を持つメンバーが集まる組織です。

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