⾞を⼿放すときの寂しさは、どこから来るのか?
2021.07.09
「⾞ ⼿放す 寂しい」のキーワードでGoogle検索をかけてみると、約703,000件の検索結果とともに、⾞を⼿放す寂しさにまつわる体験談、克服するためのアドバイスなどがずらりと並ぶ。⾞を⼿放すオーナーの寂しい気持ちに寄り添うサービスを提供している個⼈買取業者の顛末記などもあり、ペットロスならぬ「カーロス(⾞を⼿放す際の喪失感)」を経験する⼈はそれなりに存在することが伺い知れる。
⼀般財団法⼈⾃動⾞検査登録情報協会によれば、「令和2年3⽉末の乗⽤⾞3,928万408台(軽⾃動⾞を除く)の平均⾞齢は8.72年」であり、28年連続で⾞の「⾼齢化」がすすんでいるという。⾃動⾞の性能が向上し、⻑期使⽤化が進んだことが影響しているとみられる。「まだまだ⾛る」⾞を⼿放す決断をするのは容易ではないこともあるだろう。
また「最後の⾞」のつもりで買った⾞を⼿放すきっかけが⾒つからず、免許返納にも踏み切れない⼈もいるのではないか。
トヨタコネクティッド 先行企画部デザインリサーチチームでは、カーロスの実態に迫り、中古⾞市場のサービス向上や、免許返納の後押しのヒントが隠れていないかを探るため、今年2⽉に2,397⼈を対象に定量調査を⾏なった。また、実際にカーロスを経験した5⼈へのインタビューを実施し、喪失感の背景にある思いを探った。
何割の⼈が喪失感を感じるだろうか?
実際にどれくらいの⼈が⾞を⼿放した際に喪失感を感じるのだろうか?当社で実施した調査では、実際に⾞を⼿放した経験がある⼈のうち、56%が継続する強い喪失感を感じたことがあり、うち21%は⾞を⼿放す度に喪失感を感じると回答した。
喪失感の理由としては「関連する思い出があるから(80.6%)」が最も多く、2位の「家族のような存在だったから(19.8%)」に⼤きく差をつけている。
具体的にどのような「思い出」が喪失感につながっているのだろう。インタビューでは「亡き両親を乗せて病院に通った」「以前お付き合いしていた⼈と⼀緒に使っていた」「⼦どもが⼩さいとき、あちこち乗せて出かけた」など、それぞれの⼤切な⼈にまつわる思い出話が多く聞かれた。
また、「操作や⾞との⼀体感が楽しい⾞で、出かけることが楽しかった」のように、⾞そのものへの愛情からくる喪失感もある。15年保有していた⽗親の形⾒の⾞も、3年弱ほどで⼿放してしまった⾞も、喪失感を感じたという意味では変わりはない。⾞の保有期間の⻑さよりも、思い出や思い⼊れの「濃度」が喪失感につながるという側⾯があると⾔えるのではないか。
⼤事に乗った⾞だけに喪失感を感じるのだろうか?
喪失感を感じるほどの⾞は、さぞかし⼤切に扱われていたものばかりだろうと思えば、必ずしもそうではなさそうだ。北海道の40代主婦は3年ほど乗ったミライースを⼿放した。「⼩さい⼦どもが乗るから、後部座席は掃除したこともなかった」そうだが、だからこそ「気軽に使える、どこに⾏くにも⼀緒の相棒」となり、しばらくは涙が出るほどの寂しさにつながったとも⾔えそうだ。
また別の北海道の50代男性は⼤の⾞好きで、これまでに10台以上の⾞を乗り継いできたが、中でもコペンは「アクセルをベタ踏みし、タコメーターを振り切ったときの⾞との⼀体感」が気に⼊り、2回も購⼊するほどだった。エンジンの酷使に加えて洗⾞もしたことがなく、客観的には「⼤切に乗った」とは⾔い難いかもしれない。
もちろん、中には「環境に優しいからと選んだアクアで、環境に負荷をかけないよう丁寧な運転をしていた」という⼈もいる。しかし、喪失感を感じるほどの⾞は、⼿元にあるときには⼤事に乗っていたかといえば、必ずしもそうではなさそうだ。
喪失感を感じるかどうかは各⾃の感受性の問題?
⾞を⼿放した理由を⾒てみると、57%が「⽣活の変化」、42%が維持費の負担などといった「経済的理由」のために⼿放している。
インタビューで聞かれたのは、まずは転勤や就職、退職、結婚や離婚などのライフイベントだ。それにともない、経済状況が変化したという事情もあるだろう。そこまで⼤きな出来事でなくとも、転居して駐⾞場がなくなったから、交通の便がいい場所に移ったから、という変化も聞かれた。⾼齢になり⼼配した息⼦たちに⾞の運転をやめるように⾔われ、⾞を⼿放した都内の70代⼥性は、⾞の思い出話をしているうちに泣き出してしまった。⾞を⼿放す際に、⼤なり⼩なりの⾝辺の変化を経験しているということは、何かしらの形で「過去の⾃分」と決別したり、「もう以前のように若くない」などといった、⾃⾝のアイデンティティの変化に向き合っていると⾔えるのではないか。つまり、喪失感は個⼈の感受性だけの問題ではなく、「今までとは違う⾃分」を認め、受け⼊れるまでの葛藤にも起因しているのかもしれない。
喪失感をいつまで引きずるのだろう?
喪失感はどれくらいの期間継続したかを聞いたところ、「2〜3ヶ⽉かそれ以下」が80%を占めた。中には1年以上にわたり、寂しい気持ちを引きずる⼈もいるが、⼤半は⼀定の時期が過ぎれば、喪失感は徐々に和らいでいくようだ。
ではその期間中はどのような思いで過ごしているのだろう。インタビューでは、「次にどんな⼈の⼿に渡ったかを知りたかった」という話が複数の⼈から出た。⽗親の形⾒の⾞を⼿放した40代の⼥性は、買取業者を探す際に、「海外へは売らない」「どこに売られていったか情報を教えてくれる」ことを条件にしたという。海外旅⾏に⾏った際に、あちこちぶつけて凹んだままの⾞がたくさん⾛っていたことが印象にあり、⾃分の⼿放す⾞もあのように乱暴に扱われてしまうのは⾟いと思ったからだ。
また、ある程度「その後」を想像する⼿がかりを得ることで、廃⾞になったのではなく、必要としてくれる⼈のもとに確実に渡ったことがわかり安⼼できたという。他にも「次のオーナーの住む国、年齢、性別、家族構成くらいは知りたい」「できることなら安全運転してくれる⼈に確実に渡したい」のように、次のオーナーのもとでも活躍していることを想像する⼿がかりがほしい、といった意⾒が聞かれた。
ただ、その後は酷使されている、廃⾞にされた、というところまで知りたいわけではない。むしろ「幸せなその後」を想像する⼿がかりや余地があれば、少しずつ気持ちを落ち着けることができるのかもしれない。⼿放してから2〜3ヶ⽉の間のちょっとした「⼿がかり」の提供は、喪失感を和らげる⼿助けにもなりそうだ。
愛情や思い⼊れそのものを次のオーナーにも受け渡せるだろうか
「⽼夫婦が丁寧に乗っていた⾞だから程度も悪くない。あちこちに出かけた思い出の⾞だから⼤切に乗って」と次のオーナーに伝えたかった、という⼥性の⾔葉のように、愛⾞を⼿放すとき、「この次も⼤切にしてもらえるように」と願うのは⾃然なことだろう。しかし次のオーナーにとっては、前のオーナーの思い出話やニオイなどの気配は、なんの付加価値も⽣まないだけでなく、むしろ重荷やノイズにもなってしまう。
⼗数年前のモデルのコペンを⼿放したという男性は、⼀番⾼く買い取ってくれる業者を選んだ。1円でも⾼く、というよりは、古い型でもそれだけの⾦額を出して買ってくれるオーナーは、その⾞の価値をわかって⼤切に使ってくれる可能性が⾼いと思ったからだ。
愛着や思い出は直接⼿渡すことはできないが、新たに愛着を育んでもらうための「良い記録」は次のオーナーに渡すことができる。それらを正しく、確実に伝えられるサービスや仕組みが提供されれば、より安心して中古車の取引を行うことができ、手放す側と新たに手に入れる側双方へのメリットが生まれることになるだろう。
プロフィール
先行企画部デザインリサーチチーム
2020年から活動を開始。クルマや移動における体験価値をデザインし、ユーザーに選ばれるプロダクトを生み出すことを目的として、デザインリサーチ、人間中心設計、エスノグラフィー、データ分析の専門的な知見を持つメンバーが集まる組織です。
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